ダーウィンの進化論と聞いて連想するものは?

残念ですが、その連想したものは忘れて下さい。

今回紹介するのが、ダーウィンの進化論の全て。

 

 

 
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「ダーウィンの進化論」。

この言葉をきちんと説明できる人は数少ないでしょう。

 

おそらく多くの人が口をそろえてこういうでしょう。

人間は猿から進化した

 

しかし、これは知ったかぶりの間違った発言なのです。

一般的に知られているものは大きく勘違いされたものだということを知っていましたか?

っていうか、そもそも仮説であって、一般常識ではないことを知っていましたか?

 

「進化論」を提唱したのはダーウィンですが、その提唱者であるダーウィン自体が「人類の進化」だけは説明がつかないものだとして、詳しい言及を避けているのです。

不思議なものですね。

なぜ提唱者である本人が言及していないにもかかわらず、その内容が世界に蔓延しているのか・・・。

ここには科学と宗教の対立が関係しています。

キリストの誕生以来、この世界は紀元前から紀元後へと変異しました。

それは歴史上に残る大変大きな出来事であるのにもかかわらず、そのキリストの誕生後、2000年を経過した今でも、神はいるのかいないのか、という議論は対立しています。

そのため、猿から人間が進化したかもしれないという説は、神が人間を作ったと言う説と真っ向から対立するため、科学絶対信者にとっては都合の良い話なのです。

 

もちろん、ダーウィンの進化論以外にも「猿から進化した」とバリバリ唱える説も存在します。

しかし「進化」を論じた学説で、最も有名なものがダーウィンの提唱した説です。

そのため、決してダーウィンは猿から人間が進化して誕生したとは明言していないのにも関わらず、まるで他の説を補足するかのような説として、ダーウィンの進化論が利用され、あたかもダーウィンが「人間は猿から進化した」と言っているかのように、頭に刷り込まれている可能性は高いです。

 

 

今回の記事は人類は猿から進化したという説は、当然否定されるものです。

ダーウィンが提唱している進化論は、猿から人間へ進化した可能性を始め、生物の進化説を否定も肯定もしていません。

しかし、ダーウィンが言及していないように人類に限っては当てはまるものではないと言えるかと思います。

ちょっとこんがらがるかもしれませんが、非常に面白い内容ですので、是非ご覧ください。

 

 

ダーウィンの進化論

ダーウィンの進化論が「人類は猿から進化した」という内容ではないことは先に説明しました。

では、どのような内容が語られているかと言うと、それは簡単に言うと「自然淘汰」です。

 

動物の社会は弱肉強食であり、その中で突然変異などが生じていきます。

すると偶然にも「生き残りやすい」個体が出現する場合があるのです。

そうなると、自然的にその「生き残りやすい」個体が後世に残っていくという考え方です。

 

もう少し詳しく説明していくと基本となるのは以下の3点です。

 

遺伝する変移
これは、遺伝子的に非常に似通ったものを持っているのにもかかわらず、行動や外観に大きな差異が見られるということです。

兄妹などを比較するとよくわかりますね。同じ親を持っていますが、全く別々の個体であるというのは見た瞬間に判断できます。

存続をめぐる争い
これは、人間社会を見ると分かりにくいですが、動物の社会を見るとそこは弱肉強食。この社会で生き残るのは容易なことではないということは理解しやすいと思います。

生存競争は、知らず知らずのうちに引き起こされ、その連続によって今日と言う日を迎えているのです。

自然選択
これは上記にも記載しましたが、自然的に環境や社会に適応して生き残ったものの遺伝子が後世に伝えられるということです。

つまり遺伝子的には「より生き残りやすい」ものが残っていくため、これは「進化」しているように感じるのです。

 

基本的にこのような3つの理論をベースに造られています。

 

 

人類の進化

人類の進化の歴史は基本的に以下のようになっています。

 

猿人(アウストラロピテクス)→

原人(ホモ・エレクトス)→

旧人(ホモ・ネアンデルターレンシスなど)→

新人(ホモ・サピエンス)

 

今の人類と結びつかない過程は「猿人」と「原人」。

これらは言語を話したりはせず、脳の発達もほとんどなく、背筋なども猿のように曲がっていたと言われています。

つまり、まぎれもなく猿に近い生態です。

 

進化論のウソ

上記のような人類の進化論のウソというのは、以下のようなものから否定できるとされています。

他にも諸説ありますが、今回は限定します。

  • 原人と新人との差が大きすぎるため、自然淘汰による進化の範囲を超えている。
  • 突然変異では退化する。ハイスペックの能力を持つようなことはない。
  • 猿と新人の中間である「猿人」の化石は見つかっていない。
  • ネアンデルタール人のウソ。

以下、それぞれ説明していきたいと思います。

 

 

1、原人と新人との差が大きすぎるため、自然淘汰による進化の範囲を超えている。

ダーウィンの進化論の基本的な考え方は「自然淘汰」です。

変移が起こった個体が、本来の遺伝子を持つ個体よりも環境に適応しやすく、結果的に生き残りやすい場合は変異の個体が後世に残っていくということです。

そのため、数千年から数億年かけてゆっくりゆっくり少しずつ変化をしながら変わっていくのです。

これが人類の進化に全く合てはまらないと言えるのです。

人類が猿から進化したとして、言語を話すまでに発達したと考えられる期間はわずか600万年です。

 

上記で言うところの原人から旧人へのスペックの変化が起こったと考えられている期間が600万年。

脳の容量は950㏄から倍近い1400㏄へと変化しています。

 

これはあきらかに「ダーウィンの進化論」では説明がつかないのです。

600万年というと膨大な時間のような気がします。

しかし、この脳の発達は、本来白い蛾が工場地帯の黒い煙の中で身を隠すのに都合がよくなるために、黒い蛾になるという変化とはレベルが違います。

以下読み進めると、ダーウィンの進化論によって600万年の間に今我々が話しをしているような言語能力へと発達することが、如何に不自然か理解できるでしょう。

 

2、突然変異では退化する。ハイスペックの能力を持つようなことはない。

 

人類の説明のつかない大きな変化を補足するために、我々はどのようなことを思い浮かべるでしょうか?

おそらく、突然変異が何度も何度も、しかも大きな変化が起これば、もしかしたら可能なのでは・・・

ということですよね?

たぶん、この記事を読んでいる誰もがそう感じたはずです。

 

しかし、一般的に「突然変異」で得られる変化は退化する変化であると言われています。

脳の容量が倍近くなるような「進化」は突然変異出では起こせないのです。

これは、ジョンホプキンス大学で情報理論を教えていたリー・スペットナー博士などの研究によって証明されており、それゆえに短期間における猿から人類への進化は否定出来るものと考えられます。

 

 

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3、猿と新人の中間である「猿人」の化石は見つかっていない。

人類の進化過程において、初期の人類としてよく登場する「アウストラロピテクス」。

この名前、頭の片隅で覚えていたりしませんか?

猿と人の中間である「猿人」として紹介されてきましたが、現代の研究において、猿やゴリラに非常によく似た動物の一種であったということがわかっています。

リチャードリーキー氏の調査などによると「アウストラロピテクス」とされる猿人は二足歩行していなかったという結果まで出ています。

もう完全に猿やん。( ゚Д゚)

 

「アウストラロピテクス」は四足歩行で歩いてた古来に絶滅した猿の一種、というのが最終的な結論です。笑

このように猿と人の中間の生物であると言われてきた化石は否定されるものであり、「中間生物」は存在しない、発見できていないと言われています。

 

某○○袋には、「猿から人が進化したならば、どうして中間生物が今もなお存在していないのか」という質問が投稿されていたのを見たことがあります。

こうした意見を否定する説としては、猿と人のもとになるものが昔に存在しており、それが、猿は猿、人は人と言う方向に進化していったなどと言う説もあります。

歴史の一点を分岐点にして、急に二つに分かれたため、猿と人との中間生物がいないということです。

それこそ急激な変化を起こす何かが、過去に起こったと言うことです。

今のところ、かなり信憑性には欠ける論拠です。

 

猿の中でも人に近いと言われているチンパンジー。

しかし、人とチンパンジーの遺伝子の違いは83%であると言われています。

この圧倒的な差。

どうやったら埋まるのでしょうか。

 

過去に、人間とチンパンジーの中間生物なのではないか!として、盛り上がったオリバー君をご存じでしょうか?

その根拠として考えられた点は以下のような特徴があったからです。

  • 直立歩行をする
  • 人間の女性に好意を抱き発情する点
  • ビールを飲んだり、タバコを吸ったりする

そこで、科学的な調査が進められ、染色体の本数が確認されました。

通常、人は46本、チンパンジーは48本です。

中間生物かもしれないと考えられたオリバー君は47本であることが期待されたのですが、結果は48本でした。

結局、科学的には中間生物であるという証拠は何一つ得られず、紛れもないチンパンジーだという結論が出されました。

 

また、中国人は太古の昔から、猿の脳みそを食べる習慣があるそうです。

もしも遠い昔からそのような文化があるならば、猿と人の骨が同じ場所で見るかる事が考えられますよね。

実際にこうした事例はあるようです。

 

つまり!どういうことか・・・。

北京原人という有名な原人については、こうした人と猿の骨が同じ場所で見つかったゆえに唱えられている「仮説」という見方がされています。

そのような仮説が唱えられた可能性がある骨は、先の大戦によって多くが失われ、調査は難航しているのです。

 

 

また、「中間生物」が存在しない説として三葉虫やカイメン、二枚貝などの生物について、突然存在したと言われていることからも納得のいく説なのです。

これら三種の生物はカンブリア紀に完全な形で突然出現しており、それよりも前の地層では、その化石が発見されていないのです。

何かの生物がちょっとずつ進化して、これらの生物を形作ったのではなく、突然出現したのです。

さらに、無脊椎動物から最初の脊椎動物である魚へと橋渡しするような中間生物も存在してはいません。

こうした学説は「進化論」全般を否定しています。

 

 

4、ネアンデルタール人のウソ。

「ネアンデルタール」もまた、人類の進化過程において有名なものの一つです。

「ネアンデルタール」は進化論では前かがみで歩いていたと言われていますが、これは「前かがみ」ではなく完全に直立二足歩行であったと言われています。

ブリタニカ大百科事典ではこのような記述があります。

つまり前かがみと特定された人骨はたまたま、ある部分の骨に異常をきたしていた人のものであり、それがそのまま「前かがみ」の人類、直立歩行する前の人類として後世に語られるようになったのです。

現代でも老齢によって腰が曲がってしまっている人はいますよね。

そういうことです。

こうしたことからも猿と人との間が否定されうる一説になるのです。

 

都市伝説化している進化論

以上から「進化論」は十分否定されるものであり、人類に対する進化論は絶対的に不可能。

「ダーウィンの進化論」に関しても、怪しい部分はありますが、自然淘汰して生き残ったという説は可能性を残す点だと個人的には思います。

もちろん、現代の科学で解明できるレベルは100%ではありません。

そのため、今後「進化論」が正しかったという有力な説が登場するかもしれません。

しかし、人類の進化についてはダーウィン本人も

と述べており、共同研究者のアルフレッドウォーレスも

と述べています。

 

 

では、なぜこのような否定できうる説が教科書にも掲載され、根底に根強く知れ渡っているのでしょうか。

それはつまり、「進化論」を否定してしまうと、人類を始め、生物は「人知を超えた何か」に創造されてこの世界に舞い降りたのではないか・・・という話になってしまうからです。

 

それは神の存在を肯定することになり、全てのことには根拠があると信じている科学者が絶対的に否定したい部分でもあるのです。

そのため、「当たり前のように」進化論が根付き、語り継がれているのだと考えられます。

もうそれは大規模な都市伝説です。

ある人間の集団が都合の良いように後世に伝えている科学的根拠がない話なのです。

 

実際、科学者の間ではこうした進化論を否定るするような研究を行うと、仲間の科学者から抵抗をうけたり、無視されたりする風潮があるそうですよ。

スミソニアン協会の著名な生物学者オースチン・H・クラーク氏の言葉で締めくくりましょう。

人間は、ある日突然、出現したのです。

 

人間の設計図を描いた何者かが存在するのです。

 

信じるか信じないかは、あなた次第。

池上彰さんが解説した進化論も非常に興味深いので、合わせてご覧下さい。

 
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