もののけ姫はジブリ作品の中でも大ヒットを飛ばした作品の一つです。

そんな国民的アニメに出ている主人公、アシタカとサンのその後について本気出して考察をしてみました。

 
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「もののけ姫」のラストシーン、

サン

「アシタカは好きだ、でも人間を許すことはできない。」

アシタカ

「それでもいい。サンは森で私はタタラ場で暮らそう。共に生きよう。会いに行くよ、ヤックルに乗って。」

2人とも穏やかな表情をしていますね。

アシタカがサンにカヤからもらった玉の小刀(お守りするよう息を吹き込めてあるもの)を渡したことは、単に「生きろ!」というメッセージを込めたお守りとしての意味だけではなく、あの時代ではプロポーズにも繋がります。

最後にサンは返事をしていますし、めでたく両思い!

ハッピーエンド♪

 

 

と思いきや、宮崎監督がアメリカで受けたインタビューで、サンとアシタカのその後についてコメントしていました!

 

彼らはずっと良い関係を続けていくだろうと思います。

それから、サンが生きていくために、アシタカはいろいろな努力をするだろうと思います。

同時に、タタラ場の人々が生きていくためにも、大変な努力を払うだろうと。

そのために、アシタカは引き裂かれて、傷だらけになるだろうと思います。

それでも彼は、それを曲げずに生きていこうと思って、両方を大切にしようと思い続けるだろう。

だから、彼の生き方は、私たちが今の時代を生きていく生き方に、共通するんだと思うんです。

 

深い・・。

アシタカの呪いもなくなり、2人はこの後末永く幸せに暮らしましたとさ♪

とはならないようです。

 

この後、この2人は一体どういう関係を構築していくのでしょうか?

両思いであることは確実なので、何かしら恋人らしい、そのうち夫婦らしい関係を築いていくと考えられます。

そんな場合の、サンとアシタカ、2人の衣食住について考えてみました。

 

 

1、『衣』について

皆さんはサンの姿を見た時、人里で暮らしたことのないはずの、ある意味野生児な女の子にしては、割とまともな服装だな、と不思議に思いませんでしたか?

イヤリング(ピアス)やブレスレットなど、森での生活には必要のないアクセサリーも身に着けています。

あの毛皮は山犬のもの(一説には、モロの夫の毛皮なんだとか)を加工したものだと思いますが、着ているワンピースのようなものは一体どこから調達したのでしょう?

サンのお面も一体誰がどのようにして作ったのでしょう?

野山で専門の道具もなく作れるような代物ではないほど緻密なお面ですよね。

 

考えられるのは、

  • たまに襲いかかってくる人間たちの服や生地を使って自分で加工
  • お面などはモロの君を崇めて捧げられた人間からの貢物

でしょうか?

 

さらに驚いたことに、サンは裁縫ができるのです!

鉄砲で撃たれたアシタカの服の破れた部分が背中までちゃんと縫ってあります。

サンがどうやって裁縫の技術を習得したのか予想もつきません。

(「もののけ姫」最大の謎かもしれません。)

森や山で、山犬に育てられたことを考えると人間の言葉を流暢に話すだけでも驚きなのに、ちゃんとした衣服を身に着け、さらに裁縫まで!

 

ここから読み取れることは、モロのサンに対する母親としての愛情です。

モロとアシタカとの会話で、

モロ

「サンは我が一族の娘だ。森と生き、森が死ぬ時は共に滅びる。」

アシタカ

「あの子を解き放て!あの子は人間だぞ!」

モロ

「黙れ小僧!お前にあの娘の不幸が癒せるのか?森を侵した人間が、我が牙を逃れるために投げてよこした赤子がサンだ!
人間にもなれず、山犬にもなりきれぬ、哀れで醜い、かわいい我が娘だ!
お前にサンを救えるか!?」

という会話がありますね。

 

モロは、サンは山犬の娘だと言い切っています。

でも実際は、サンはどうあがいても人間であることに変わりはなく、親兄弟以外の森の動物達は誰もサンを山犬だとは思っていません。

「ワシら死ぬ。山犬の姫、平気。人間だから。」の一言がそれを表しています。

モロの君が庇護している存在だから、モロの意思を尊重しているだけ。

言葉はどうあれ、聡明なモロは人間が森で山犬として生きる難しさを見通し、成長したサンが山犬、人間、どちらとしても生きていけるように、人間の言語・衣服・技術など人間としての教育も与えたのではないでしょうか?

サンがどちらを選んでも大丈夫であるように・・

誰よりも娘の幸せを第一に考えた親心・・泣けます(泣)

そんな訳で、森で育った野生児であるサンとの生活は、「石器時代か!?」とつっこみたくなるような原始的な生活ではなく、想像しているよりずっと人間らしい生活であると思われます。

それでも、布は森では作れませんので、アシタカはタタラ場で必要な衣服を揃え、サンは動物の毛皮などから作った衣服を身に着けるのでしょう。

(サンが衣服のために森の動物を狩るとは考えられないので、あくまで自然死した動物の物を利用しそうです。)

もしかして、裁縫技術を生かして、サンもアシタカから贈られた生地で新しい服を作るかもしれませんね(笑)

 

 

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2、『食』について

室町時代の食事について調べてみたところ、階級によって食べるものが異なりましたが、主食に玄米を固めに煮たお粥や麦飯、主菜は焼き魚、野菜はなすや大根などの煮物、しじみのすまし汁、梅干などを食べていたそうです。

これに調味料で味付けをして食べていたのですが、室町時代の‘さしすせそ’はどのようなものだったのでしょう?

 

さ 砂糖
日本に砂糖を伝えたのは、奈良時代、唐の僧侶であった鑑真によるものだとされています。

しかし、当時砂糖は医薬品であり、調味料として用いられ始めたのは江戸時代からであるため、サンとアシタカは山や森の果実以外の甘味は知らなかったかもしれませんね。

し 塩
室町時代の塩は、海水を煮詰めて作られた「水塩」と呼ばれる調味料だったようです。

これならサンにも作れそうですね!

塩、GETです!

す 酢
奈良時代にはすでに、酒と一緒に酢を醸造していたという記述があり、 室町時代の料理書である「四条流包丁書」には、料理に合わせた「合わせ酢」(米酢、梅酢の他、酢味噌、山葵酢etc)が記載されていますが、しっかりとした施設がないと作れそうにありませんので、サンとアシタカの食卓には(アシタカが持ち込まない限り)登場しないでしょう。
せ 醤油
日本で初めて「醤油」が文献に登場したのは、まさに「もののけ姫」の室町時代中期から後期!

一般庶民にも浸透していました。

奈良時代には醤院(ひしおつかさ)という役所が醤油を作っていたようで、これもまた酢と同じく2人の食卓には上がらない可能性が高いです。

そ 味噌
最初に味噌が文献に登場したのは平安時代、かなりの高級品かつ貴重品で、地位の高い人へのお給料や贈答品として用いられており、とても庶民の口には入りませんでした。

が、室町時代になると大豆の生産量が増えたことから、庶民も自家製の味噌をしこむようになったことで味噌文化が根付き、味噌汁も作られるようになります。

ただ、サンが大豆を栽培したり味噌を作ったりするとは思えないため、味噌もまた2人の食卓には登場しない調味料である可能性が高いでしょう。

 

ちなみに、唐辛子も中国(明)から伝わっていたようです!

明帰りのエボシのいるタタラ場にはあったかもしれませんね。

塩のみの、なかなかシンプルな味付けになりそうですが、アシタカはジコ坊と野宿して美味しそうなお粥のようなものを自炊して食べていましたし、小川で小魚を取り、食べれる野草などを煮物にして、サンとアシタカは楽しく美味しい夕食を囲むことができそうですね♪

 

 

3、『住』について

これは、私を含めて一般的な予想・意見ですが、2人は週末婚(通い婚)(別居婚)(=住居を別にしたまま結婚する形態)のような形式をとると思われます。

アシタカも、

アシタカ

「サンは森で私はタタラ場で暮らそう。」

と言っていますし。

2人の待ち合わせ場所はあの洞窟辺りが適当ではないでしょうか♪

少し寂しいかもしれませんが、週末婚のメリットとして

  • たまにしか会わないことで新鮮な気持ちが続く
  • お互いの生活を大切にできる

などがあります。

 

サンとアシタカにとって、‘住’は特に必要なさそうですね。

 

 

なかなか楽しそうな2人の生活ですが、宮崎監督の言葉からも分かるように、サンとアシタカがこの後進む道は決して簡単なものではないのでしょう。

サンはモロの庇護を失った上に人間のアシタカと親しくすることで、ますます森の動物達から白い眼で見られるかもしれませんし、定期的に‘山犬’に会いに行くアシタカを快く思わないタタラ場の住民もいることでしょう。

例え、彼がどれだけタタラ場の復興に尽力したとしてもです。

エボシが、「お前が一族の仇を討とうと言うなら、こちらにも山犬に食い殺された夫の無念を晴らそうと心に決めた者達がいる」と言っていましたね。

最愛の人を亡くした女性の悲しみや怒りの矛先が、サンと親しいアシタカに向けられるかもしれません。

そこは理屈では割り切れません。

 

また、タタラ場の人間が生きてくためには再び森林破壊を繰り返さなくてはなりません。

ただ、最後にエボシは、

 

「ざまぁない。私が山犬の背で運ばれ生き残ってしまった。

礼を言おう、誰かアシタカを迎えに行っておくれ。

みんな初めからやり直しだ。ここをいい村にしよう。」

 

と、これまでの自分の行為を反省したような発言をしていますので、一方的に森を切り開いていくこれまでとは違う村のあり方を模索してくれる可能性が高いですね。

例えば、タタラ場で利用するために木を伐採した後はきちんと植樹をするとか。

(実際、古来からタタラ場の人達は30-40年単位でまた利用できるように、必ず木を植えたようです。)

 

 

それともう1つ、サンの子孫が「千と千尋の神隠し」の千尋だという都市伝説があるのをご存知ですか?

その都市伝説には、アシタカの祖先がハクかもしれないという要素もからみ、二つの作品は非常に数奇な関わり合いをすることになります。

ただ、サンはジブリのヒロインの中でも抜群の美人だと思うのですが、千尋は可愛らしいとは思うものの、最初見た時は、「あれ?ちょっとジブリのヒロインらしくないな・・?」って思いましたので・・本当だとしたら、サンの遺伝子どこ行った?という感じなのですが。

さらに千尋がサンの子孫だということは、千尋の両親のどちらかもサンの子孫だということになってしまいます。

あの無断で屋台の食べ物を飲み食いした挙句豚にされてしまい、子供に救出されるだけが出番のあの両親がサンの子孫とは到底考えられません・・。

が、それでもこの都市伝説を信じたい理由は、サンが子供を授かった可能性がある!

ということです!

(ただ、アシタカとサンの子孫、ではなく、サンの子孫、ってだけなのがちょっとひっかかるのですが。あれ以降にサンはアシタカ以上に素敵な男性に巡り合ったのでしょうか?アシタカ以外の人間に心を開くとは考え難いですよね・・?)

様々な苦難はあっても、辛い思いをしながらも、サンとアシタカは共生し、2人で幸せになる方法を探っていくのだと思います!

希望として、最後には結ばれていてほしいです!

 

 

最後に、エボシ御前のちょっとした矛盾。

エボシはタタラ場でサンと対峙した時に、「首だけになっても食らい付くのが山犬だ。」と、用心深く警戒していたにも関わらず、 本当にモロが首だけになって動いたら驚いてましたね。

「モロめ、首だけで動きおった・・!」とか言って。

最初に自分でそう言ってましたよね?

そういう心意気(?)を認めただけだったのに、ガチで首が飛んできちゃってビックリなエボシ様でした(笑)

 

首がなくなっても動くシシ神様&首だけでも動く犬神様。

古来日本では当たり前にもののけや魑魅魍魎が闊歩していたとはよく言ったものです!

大人になって見るとまた違う視点から考えることのできる「もののけ姫」、しばらく見ていない方は是非再度見てみることをオススメします♪

 
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