ナスカの地上絵というのを知ってますか?

世界一大きなオーバーツ、そして世界遺産にもなっているとても有名な絵です。

場所はナスカ市の手前25kmに位置する広大な平原に描かれています。

そして、描かれた時代は紀元前2世紀から6世紀の間に描かれたといわれています。

 

 

 
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1936年6月22日に動植物の地上絵は考古学者のポール・コソック博士によって発見されます。あまりにも大きいため、地上からはどんな絵か確認することは難しく、飛行機からでなければ確認できないといわれています。

そこで1つの疑問が浮上するわけです。

当時はもちろん飛行機なんてないので、空からしか確認できないような絵をどうやって描いたのか?

今でも謎が残ったままになっており、もちろんその目的も分かっていません。しかし、様々な説は噂されているので、その説からナスカの地上絵の真相を解明していきたいと思います。

 

 

●誰が書いたのか

巨大な絵はあまりにも大きいため、宇宙人が書いた「宇宙人へのメッセージ」などと噂されています。

絵が大きくて空からしか分からないので宇宙人と関係性があると言われています。確かに大きすぎるので当時の人たちでは書くのは無理だと思われてしまうような絵です。

 

 

●何のために描かれたのか

はっきりとしたことは分かっていませんが、有力だといわれている説を紹介します。

まずは、死者の埋葬のために描かれたという説です。それも王様などの身分が高い人が亡くなったときだけ描かれるそうです。

何故、人がなくなるとあのような絵が描かれるのかというと、人は死ぬと太陽に帰っていくという教えがナスカにはあったからです。ですので、ナスカ人は死者を太陽に送り届けようとあのような大きな絵を描いたのです。もちろん宇宙人のためでも何でもありません。

空から見下ろしたときに太陽から分かるように巨大な絵を描いたのです。

当時は王様が亡くなると大変だったようですね。技術がない時代にあのサイズの絵を描くのはとてもすごい事だと思います。

 

そして、次に有力なのが地上絵で天候や気候の移り変わりを知るという説です。

この時代は季節の移り変わりを知るのはなかなか難しいことです。いまでこそ、カレンダーなどがあり何月、何日なのかというのがハッキリしますが、この当時には難しかったのでしょう。

そこで、ナスカの人々が地上絵に描かれた線で雨季や乾季を調べていたのではないかという説です。ナスカの地上絵はたくさんの種類がありますが、その中でも夏至や冬至など太陽をあらわす位置を示すものが多くあります。

つまり、この時代の人々はナスカの地上絵をカレンダーとし、天気予報代わりにしていたという事です。

絵を見ると太陽などが描かれているのでこの説も考えられるような気がしますが、季節を知るためにあんな大きな絵が必要だったのか、もっと簡単に分かる方法があったのではないかという疑問は残ります。

 

最後の説はナスカではほとんど雨が降らないため、足りない部分を地下水で補うためでないかと言われています。

この地方はほとんど雨が降らず生活していくためには当然水が足りません。ですので、生きていくためには高度な技術を使い水脈の位置を正確に把握していなければいけなかったのではないかと言われています。

巨大な絵は水源と水脈の位置をしっかりと把握するために作成されたのではないのか?という説がありますが、何故わざわざ雲や太陽などの絵にしたのかという疑問が残ります。

水源を探ったら偶然絵になったという事はまず、ありえないだろうし・・何故、あの当時はものすごく大変だっただろう巨大絵をそこまでして書く必要があったのか、はっきりとした事は分かっていないのが現状です。

 

 

●どうやって描かれたのか

ナスカ砂漠の表面は暗い瓦礫で覆われており、その下に瓦礫に比べてやや白っぽい砂の層があると言われています。

そして、地上絵は表面の瓦礫を取り除いて、砂の部分を露出させることにより、線として浮かび上がらせるという手法で描いています。

線の幅は30センチくらいから太いと60センチ程度です。

具体的に行なった事がないのでどれくらい大変か分からないのですが、描き方を聞くだけで相当大変なのが伝わってきますね。ですが、空中からしか全体像を見ることが出来ないため、どのようにしてあのような大きな絵を描いたのか、どうやって確認できたのかまでははっきりと分かっていません。

上記でも説明しましたが、この時代には飛行機もないですし、この周辺自体にも絵を確認できるような高台もありません。

熱気球で書いた、宇宙船が利用されたとたくさんの都市伝説が存在していましたが、近年、大きな原画の一点から放射状に原画の線上に取った各点を同じ倍数で拡大するという手法が有力と言われています。

空から見る技術がなかった当時はロープと杭などを用いて、さらに簡単な算数の計算式を元に巨大な地上絵を描いたといわれています。そして、線は幅1m~2m、深さ20cm~30cmまで掘って色の違う岩石を露出させるシンプルなやり方で描かれているのだそうです。

個人的には気球とかではなく、同じ倍数で拡大するという方法の方が現実的だと思います。ですが、どちらにしてもすごく頭の良いやり方だと思います。

 
 

 

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●もちろん反対説も・・・

一番有力だといわれている書き方には無理があるという説もあります。

上記のような方法だと200メートルまでは書くことが可能だという事が実験で分かっていますが、それ以上のものが書けるのかは難しいそうです。

さらに、それが数キロほどになる直線を誤差なく描くのは当時の技術では不可能ではないのかと言われています。

確かに上空から絵を見る技術がなかった時代にまっすぐに書くのは難しいというのは分かる気がします。たとえ書いたとしてもどこかで歪んでくるなどして思った絵と違う絵柄になりそうですよね。

そして、ナスカの地上絵には山谷川といった自然の段差を乗り越えて作ってある直線も存在するのでそういった絵はどうやって作られたのでしょうか。さすがに川や山を乗り越えて線を引くというのは難しいですね。

ですが、世界にはクレーンなどの乗り物がないにも関わらずすごく高いところに建物が作られてあったり、とても巨大な建物が建てられていたり不思議な建物がたくさんあります。ですので、今のような技術がない時代に人々が知恵を出し合って作ったのかもしれません。

きっとはるか昔にも、ものすごく頭の良い人はいたのだと思います。ですが、きちんと証明されるまで、この説を聞いてどうやって書いたのか疑問が残ります。

 

 

●何故1000年以上も消えずに残っていたのか

消えない理由はナスカの環境にあったと言われています。

ナスカは砂漠気候なので数年雨が降らないことも珍しくないため、植物や動物が生息することは難しく誰も踏み入ることが出来ないので今でもそのまま綺麗に残っているのではないかと言われています。

つまりナスカの地上絵がある一体が雨が少ないため、そのまま残っていたという事です。

それにしても1000年以上残っているのはすごい事だと思います。

 

 

●どんどんなくなっていく地上絵

世界遺産に登録されているのですが、近年、ナチスの地上絵がある周辺に道路が開通し、徐々に破壊されています。

そして、観光客の侵入が可能なので、観光客による破壊が深刻化しています。

また、雨があまり降らない地域だからこそ消えずに残る事が出来るのですが、最近はエルニーニョ現象などの影響でこの地域にも雨が多くなっているため、だんだん消えてしまっているそうです。

エルニーニョ現象は仕方がないとしても観光客の足で見えにくくなるのはいけないので何らかの対策を練ってほしいものです。

 

 

●近年、新たな発見

2011年、2013年と続いて新たなナチスの地上絵が発見されているんだそうです。

まだ最近の話ですよね。飛行機がある時代にまだ見つかっていない絵があるなんてどれだけたくさんの地上絵が存在するのでしょう。

その中でも珍しいものは人間の頭部を描いた地上絵が見つかったようです。何か不気味ですよね。何か意味があって書いたのでしょうか?まだ見つかったばかりなので情報はあまりありません。

 

 

●どうやってみるのか

大きすぎて普通に地上から見るのは不可能なので空の上から見ることが出来ます。

一般的な方法は、セスナに乗って地上空から見る方法です。

絵の大きさが100メートルを越えているため、地上から見ると溝がなんとか見えるだけで何の絵かなどさっぱり分かりません。もし、直接見たければ、専用の飛行機が必要なので興味がある人は直接行ってみる事をオススメします。

 

このようにナスカの地上絵は今では世界遺産として登録されており、貴重な存在になっています。あまりに大きな絵のため1000年もの前の人がどうやって書いたのか分かっていません。

しかし、よく考えたら、世界中で当時の技術でどのように作ったか分からないというものはたくさん存在します。今よりも技術がないなかで当時の人が頭を振り絞って書いたり作っているのかもしれませんね。

ナスカの地上絵は様々な説が存在しますが、個人的には宇宙人というよりかは、何かの儀式のためにというのが有力なようなきがします。昔は精神的なことに重きをおいてるので、飢饉が続きお祈りをしたというのはどこの時代にもありますよね。

このナスカの時代なら雨でしょうか。雨がまったく降らない地域なので、雨が降るようにお祈りをしていたという可能性はありそうです。

また、上記でも説明した王様などのお墓のためという事も考えられそうです。どの時代も王様のお墓はすごく豪華に作ってありますからね。

どの説にしても、はっきりとした事はわかっていないので真相を解明するのは今のところは難しそうです。

ネットで調べると様々な説がたくさん飛び交っているので興味がある人は見てくださいね。

 
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