昭和25年、終戦直後の日本の教科書と言うのはどのようなものだったか知っていますか?

算数の教科書でも、算数と言う分野を超越した文章が記載されているのです・・・。

過去の算数の教科書、見てみましょう。

 

 

 
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この話は「やりすぎ都市伝説」にてコラアゲンはいごうまんさんが語った話です。

 

コラアゲンさんはの所属事務所はワハハ本舗。そのの代表である田部一さんの指令によって、様々なところに潜入して、実際に体験してくるという芸風を行っています。今まで実際に体験しに行ったところは200箇所以上にも及び、実に様々な現場を自分の目で見てきました。

そんなコラアゲンさんが紹介した話が、日本の教科書に関する話。

 

東京の東陽町には「教科書図書館」という図書館が存在します。ここには昭和24年から現在に至るまでの教科書を所蔵しています。この施設に訪れた人は、実際に過去の教科書を閲覧できるようになっています。

そこへ赴き、教科書に関する情報を収集していました。そこで昭和25年の教科書を見たコラアゲンさんは衝撃を受けたのです。

 

算数の教科書に、その衝撃の内容はありました。通常、今の算数の教科書で問題を出す際は、いきなりその問題に関する情報を提示します。

 

文章題だとしても、例えば縮図の問題では

正君たちは、箱根の地図を調べてみました。地図では、実際の距離を5万分の一とか、20万分の一とかの割合で縮めて表してあります。その縮めた割合を表すものを縮尺と言います。

この縮図で表されている地図では、5cmの長さありました。では実際の距離の長さは何kmでしょう?

このように、地図の図形なども交えて比較的簡略的に表現される場合が多いです。

 

小学校の算数であった「時間」の問題では

さとし君は10時53分によしお君と12時30分にバス停で待ち合わせすることを約束しました。

さとし君がバス停に行くには10分かかります。

さて、さとし君が12時30分にバス停に着くには、約束をした時間から何分後に家を出ればいいでしょうか。

こんな感じで出題されています。懐かしいですね。

時間という概念は1時間が60分で、1分が60秒という少々ややこしい理解が必要なため、小学校の頃に勉強したのを覚えています。

 

我々が学んできた文章問題はこのような問題ばかりですが、昭和25年の文章題は明確に違うのです。

では、どのように表現されているのでしょうか。

 

 

 

実際の問題がこちら

 

正君たちの住んでいるところは、大都会から遠く離れた山奥の小さな町です。この街には親切で穏やかな人たちばかり住んでいます。

街の中央から少し歩くと、澄み切った空の下に広々とした畑が開けていました。清らかなら流れもあります。街はずれには商店街もあるので、都会から離れていてもそれほど不便を感じません。

正君たちはこのような郷土で生活できる自分たちを幸福だと思いました。そこで大好きなこの楽しい町のことをもっとよく知ろうと、正君は有人と共にこの街に関するいろいろなことを調べることにしました。

【町の広さ】

正君はまず自分の住んでいる町の広さはどれだけあるかを調べてみようと思いました。ちょうど兄さんが5万分の1の地図を持っていたので、それを借りて窓ガラスの上で薄い方眼紙に町を写してみました。

・・・。

 

 

いや、いつ本題はいるのよ!!!!( ゚Д゚)笑

 

今の文章題とは違い、端的に問題に対する情報を提示するのではなく、その文章から「正君」の人物像が浮かび上がりストーリーが存在します。そこには物語の奥行きとぬくもりがあるのです。

 

 

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さらに驚きなのが「3時40分から1時50分を引く」といった時間の足し算引き算の計算。これは時間の情報さえ与え、時計の図でも書いておけばいいような問題です。

 

さあ、しかし、昭和25年の教科書ではそんなシンプルには生きませんよ!では、どのように表現されているのでしょうか。

 

 

と、思いましたが、実際の問題は・・・長すぎるので要約します。笑

 

 

以下要約

一郎君の学校ではもうすぐ学芸会が始まります。一郎君のクラスではお芝居の発表をすることが決定。

お芝居をすると言うことは、まず決めるべき事はその配役です。当然、一郎君たちも配役を決める話になりますよね。

この物語は、そこから話が始まります。

一郎君はセリフのある目立つ役を狙います。しかし、そういった役は花形中の花形。立候補者は他にいます。実際にその役を勝ち取るには、じゃんけんであったり話合いであったり・・・。

その結果、一郎君はセリフのある役につくことが出来ました。

しかし、花形の役はクラスの誰しもがやれるものではありません。一郎君の友人の中には、役決めによって漏れた人も当然いました。

物語の中心は小学生です。そんな些細なことから喧嘩に発展してしまいそうなモノですが、その役から漏れた友人はしょげることもなく、快く一郎君に照明を当てる役割を引き受けるのです。

そして、ある女子は一郎君の衣装を作ることを買って出るのです。

 

 

え-、この時点で問題は一つもなく、3ページを費やしています。笑

まるで小説や物語を読んでいるかのような気分です。

 

しかし、その3ページによって描かれた物語によって、華々しく舞台に立つ人、その舞台を造り上げる裏方に回る人が決定します。

さあ、全員が一致団結をして、いよいよ物語は学芸会当日を迎えます。

 

 

※以下『』内は実際の描写。4ページ目。

『いよいよ10時52分、幕が開くとともにライトのスイッチが入りました。

「まあ、きれい。」

前の方にいた子供たちの声も、たちまち拍手の音に消されてしまいました。

劇は11時17分に終わりましたが、拍手の音はなかなかやみません。(中略)

一郎君たちはうれしくてたまりません。そして、物事をするときには影に隠れた力があって、初めて出来るのだとしみじみ感じました。』

 

 

こうして、問題が出されます。

さあ、一郎君たちの劇は、何分かかったのでしょう。

 

 

 

いやいやいや!

途中でセリフとか入っちゃってるし、奥行きありすぎだろ!

何分かかったかと言う問題以外にたどり着く前にも、いくつか問題が設けられてはいるのですが、それにしても4ページにわたる文章問題って何ですか。汗

子供達も「あれ、本題なんだっけ?あ、そうそう算数やってたんだった。」ってなってしまいますよ!笑

もはや違う授業みたいになっています。

 

 

昭和25年の算数の教科書が、一風変わった手法によって作成されたことは十分分かりましたね。

でも気になるのは、どうしてこんな大長編の物語が算数の教科書の問題で採用されているのかと言うこと。

教科書を作るためには様々な審査があり、ふざけた内容では出版することは出来ません。コラアゲンさんは、教科書の大手「東京書籍」に問い合わせをし、この背景を確認しました。

 

 

そこでわかった事実。

昭和25年・・・この時期は、どんな時期か分かりますか?

日本の歴史において、非常に大きな時代の分岐点を迎えている時期です。

そう、ちょうど敗戦して復興をしている日本の時代なのです。

 

敗戦した日本はGHQの指導により、「道徳」の授業が廃止されます。

GHQは道徳の授業によって、戦争につながるような「愛国心」の芽生えにつながることを恐れたのです。

それを示すように、戦後の教科書が構成されている間には、前の教科書が使用されていたのですが、戦争につながるような「愛国心」の芽生えの恐れがある場所には墨汁が塗られています。

中には、このように1ページ丸々塗りつぶされてしまうページもあったそうです。

 

 

ここまで厳重に管理されていたのです。

そこで、どうにかして道徳心を子供たちに教えることはできないか・・・そう考えた当時の日本の官僚、文科省の人たちは主要4教科に道徳心が芽生えるような要素をちりばめたのです。

 

その結果、算数の文章問題は大長編になったのです。

こんなちょっと感動する背景があり、算数の文章問題はあんなに長い背景、奥行きが感じられるストーリー構成になったのです。

算数の問題の大長編ストーリーには、このように悲惨な過去と、それを考慮した大人達の心意気が含まれているのです・・・。

 
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